建第520号 木幡神社本殿 1棟 附宮殿

名 称木幡(きばた)神社本(じんじゃほん)殿(でん)

所在地:矢板市木幡1194-1 (木幡神社内)

指定日:昭和25年8月29日

所有者:木幡神社

見 学:いつでも可能です。駐車場は鳥居南側の参道をご利用ください。

問合せ:矢板市生涯学習課 0287-43-6218

 室町時代中頃の建造。三間社流造(さんげんしゃながれづくり)の銅板葺き。社伝によると、奈良時代、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)蝦夷(えみし)討伐(とうばつ)に向かい、山城(やましろ)(のくに)宇治(うじ)()波田(はた)神社に向けてこの地で戦勝祈願した。そのため、戦利を収めることができ、この地に許波田神社を勧請(かんじょう)したと伝えられる。その後、天慶(てんぎょう)3(940)年の承平天慶(じょうへいてんぎょう)(らん)の際に藤原(ふじわらの)秀郷(ひでさと)平将門(たいらのまさかど)討伐を、永承(えいしょう)6(1051)年の(ぜん)九年(くねん)(えき)では源頼義(みなもとのよりよし)(みなもと)義家(のよしいえ)安倍頼(あべのより)(とき)討伐の祈願をし、それぞれ効があったとされる。別説には、下野(しもつけ)(のくに)塩谷(しおのや)氏の始祖(しそ)である塩谷(これ)(ひろ)が山城国宇治の許波田神社を勧請したと伝えられる。塩谷氏の氏神として尊崇され、慶安(けいあん)元(1648)年より江戸末期まで、社領(しゃりょう)として200石の朱印地(しゅいんち)があった。